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基礎研究

基礎研究

時代の変遷で増えるうつ病

日本経済新聞 2011年7月7日
日本経済新聞 2011年7月7日
 2013年に厚生労働省の医療計画が見直され、4大疾病に精神疾患が加わり5大疾病となりました。2008年現在、精神疾患の患者数(323万人)は、糖尿病(237万人)、がん(152万人)、脳血管疾患(134万人)、虚血性心疾患(81万人)に比べて数的に多いのみでなく、その増加率は群を抜いて高くなっています(右図)。
 高齢化による認知症関連患者数の増加(1999年から8倍の24万人)もその要因の一つですが、中でもうつ病の患者数が急増(1999年から2倍の104万人)したことが精神疾患の患者数を押し上げ、医療計画に盛り込まれる一因になったと考えられます。社会および医療の高度化に伴い、かつて人類に脅威をふるっていた感染症は一部では撲滅したものもあるなど鳴りを潜める一方で精神疾患が加速度的に増えているのは、社会構造の変化やひずみによって増大したストレスがその一因かもしれません。

現代社会が生んだストレス病

 ストレスとは1930年代に定義された概念です。元は「外部環境からの刺激に対する反応」として定義されており、現在私たちが日常的に用いているストレスとは本来は「ストレッサー(Stressor)」にあたります。ストレスに対する反応は個々によって違うもので、ある人にとってストレスであることが別の人にとってはストレスに感じないこともあります。また個人にとってもある時はストレスに感じていたこともその後ストレスと感じなくなることもあります。このようにストレスは受け止め方によって異なるという一面もありますが、しかし社会は確実に複雑化し現代人はストレスを多く抱えるようになったのも事実でしょう。うつ病はそんな現代にとって最も脅威となる疾患と言っても過言ではない病気になってきました。なぜなら2030年には障害調整生命年(DALY: Disability Adjusted Life Year)でうつ病の疾患負担は全疾患中1位になると予想されているからです。

病理学研究の墓場

 精神医学においてうつ病と並び重要な疾患である統合失調症は、長年の病理学研究にも関わらず特異的所見が見いだされず「神経病理学者にとって墓場である」とまで言われました。うつ病に関してもしかり、神経病理学的に特徴づけられる所見は乏しい状況が続いていました。ところが研究が進むにつれ、また脳画像研究技術の高度化により、うつ病患者では脳の一部に萎縮が認められることが分かってきました。これは脳神経の萎縮や、神経新生の障害、あるいはグリア細胞数の減少が原因であると言われています。うつ病を発症するには元々の素因(遺伝的要因)が関与していると言われていますが、その割合はそれほど高くありません。その後の環境要因(ストレス)の方が大きなウェイトを占めていると考えられているのですが、ストレスは目には見えないものです。いったいこのストレスがどのようにして脳神経に病理学的変化を与え、うつ病の発症に影響を与えるのでしょうか?

ストレスが脳を蝕むメカニズム

 1980年代から、うつ病患者では炎症反応が亢進していることが指摘されるようになりました。当初は末梢血でそのことが確認されましたが、その後の研究で脳内においても炎症に関与する物質が増えていることが分かってきました。その一つが炎症促進性のサイトカインです。サイトカインは主にグリア細胞から放出され、ホルモンとは違い近傍の細胞にシグナルを伝達します。危険を察知して放出された炎症促進性サイトカインは神経の新生を障害し、あるいはシナプスの形成を障害させその結果うつ病を引き起こすというメカニズムが想定されています。興味深いことに慢性炎症性疾患である糖尿病、心疾患、関節リウマチなどの疾患は、実はかなりの頻度でうつ病を合併します。これらの病気は末梢で炎症を引き起こしますが、末梢での炎症は中枢に波及することも分かっています。どうやらストレスがうつ病を引き起こしたり、糖尿病などの身体疾患がうつ病を高頻度に併発する背景には「炎症」が関与している可能性がありそうです。

鳥取大学精神科の取り組み

山陰中央新報 2014年5月15日
山陰中央新報 2014年5月15日
 このような仮説の元、鳥取大学精神科ではストレスが脳内で炎症を引き起こすメカニズムの研究に取り組んでいます。炎症性サイトカインの一つはミクログリアから放出されると考えられていますが、このサイトカインの放出を刺激する物質はATPであることを同定しました。またストレスは脳内でグルタミン酸を増加させることも分かってきました。グルタミン酸はアストロサイトに取り込まれること、またアストロサイトはATPをグリオトランスミッターとして利用することから、アストロサイトがATPの放出源である可能性を想定しています。これを証明するために、私たちは培養細胞や実験動物を用いて研究を行っています。なお、この取り組みにつきましては山陰中央新報(2014年5月15日号)に掲載されましたのでご覧ください。また私たちはこの病態研究に基づき、臨床研究も計画しています。更に今回は詳細を載せることができませんでしたが、当研究室はこの他統合失調症に関する基礎研究も行っています。詳しくは医局までお尋ねください。

研究の実際

 当教室ではうつ病および統合失調症の生物学的な病態解明に向けた研究に精力的に取り組んでいます。基礎研究の醍醐味は、ラットあるいはマウスなどの動物を用い、より直接的な手法で精神疾患の病態にアプローチすることができることにあるとも言えます。たとえばラットの脳に微細な透析プローブを留置することで脳内物質の変化を経時的にとらえることができます。私たちはこの技術を用いてストレスに応答する脳内変化を検出しています。また逆に脳内に直接物質を投与することも可能です。このようにして、外界ストレスに応答してどのような脳内変化が起こり、また脳内の物質に変化を与えるとどのような行動として表れるのか検討することで、病態に迫っていくことができます。 入局者には当教室で研究・研鑽していただくことはもちろん、希望者には幅広い知識・技術・考え方を習得してきていただくために国内外問わず留学できる環境を最大限サポートします。
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